第1話では、四谷大塚の「日曜テスト」全盛期から、日能研の東京進出、そして1989年のSAPIX誕生までを追った。第2話では、日能研が最大手として黄金期を築いた1990年代から、SAPIXがいつの間にか御三家の過半数を占めるようになった逆転劇、コロナ禍を境に加速した早稲田アカデミーの猛追、そして御三家という枠組みそのものを揺さぶる新興校の台頭までを扱う。
日能研の黄金期。生徒数で圧倒した1990年代
1985年の東京進出以降、日能研は中学受験の「大衆化」を牽引する存在として急成長した。象徴的なのが生徒数の規模である。2000年代後半の時点でも、日能研の小6在籍者数はおよそ12,000人とされ、SAPIXの約4,000人、四谷大塚グループの約6,500〜7,000人、早稲田アカデミーの約2,500人を大きく引き離していた。母数の大きさこそが、日能研を「最大手」たらしめていた最大の要因である。
この時期の日能研は、神奈川の私学(フェリス・横浜共立・横浜雙葉といった神奈川女子御三家)や、埼玉の難関校(淑徳与野・立教新座など)に強いという地域的な厚みも武器にしていた。「全国規模の知名度」と「幅広い受験生層」を押さえたことが、四谷大塚を抜いて最大手の座を掴んだ最大の理由であり、単純な「合格実績の数」だけでなく「受験生の裾野をどれだけ押さえたか」という点で見れば、日能研の強さは今も健在である。
SAPIXの静かな逆転。「少数精鋭」が生んだ占有率
日能研が生徒数で圧倒する一方、SAPIXは対照的な戦略を取った。入塾テストによる選抜、最上位層への特化、そして難関校の出題傾向を徹底的に研究したカリキュラムである。その結果、2008年時点ですでに、男女御三家と駒場東邦の合格者数において、日能研519名に対しSAPIXは698名と、生徒数で大きく劣るはずのSAPIXが実数でも日能研を上回るという逆転が起きていた。
| 年度 | 日能研 | SAPIX | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2008年 | 519名 | 698名 | 生徒数で劣るSAPIXが実数で逆転 |
| 2017年 | — | 占有率51.0% | 男女御三家合格者に占めるSAPIX比率が過半数に |
出典:各種報道・塾関係資料を基に作成
この逆転は年を追うごとに拡大していく。2017年度には、男女御三家合格者に占めるSAPIXの占有率が51.0%と過半数に到達。筑波大学附属駒場では70%を超える年もあり、開成・桜蔭でも60%台をキープするなど、「最難関校はSAPIXでなければ厳しい」という認識が保護者の間に広く定着していった。少数の精鋭を集めて合格率を最大化するという、TAP時代から続くSAPIXの戦略が、皮肉にも「生徒数の多さ」を誇っていた日能研の合格者数そのものを上回る結果につながったのである。
早稲田アカデミーの猛追。NNコースとコロナ禍という追い風
早稲田アカデミーは長らく、早慶系附属校や武蔵中に強い塾というポジションだったが、近年その勢力図を大きく塗り替えつつある。原動力となっているのが、6年生対象の看板講座「NN(何がなんでも)志望校別コース」である。開成・麻布・桜蔭・女子学院といった難関校ごとに教場を分け、その学校の出題傾向に特化したオリジナルテキストと講師陣を投入する仕組みで、他塾に通いながらNNだけを併用する受験生も多い。
早稲田アカデミーの山本豊社長は2026年のインタビューで、この3年間の難関校合格実績の急伸について、コロナ禍で他塾に先駆けてオンライン授業を導入したことが「早稲アカなら安心だ」という保護者の信頼につながり、当時の新小学3年生前後の学年がそのまま難関校受験の学年に成長してきたことを要因に挙げている。加えて、2026年入試ではNNの選抜試験の受験者数が前年比15%以上増加し、入試報告会の参加者も激増するなど、勢いを裏付ける数字が並んだ。
| 学校 | SAPIX | 早稲田アカデミー | 備考 |
|---|---|---|---|
| 筑波大学附属駒場 | 85名 | 57名 | 2025年はほぼダブルスコアの差から肉薄 |
| 開成 | 229名 | 179名 | 差を大きく縮める |
| 早慶附属校(合計) | — | 首位 | 2026年入試でSAPIXを逆転 |
出典:早稲田アカデミー山本豊社長インタビュー(2026年)等を基に作成
実際の数字にもその変化は表れている。2025年入試では筑波大学附属駒場でSAPIXにほぼダブルスコアの差をつけられていた早稲田アカデミーだが、2026年入試ではSAPIX85名に対し57名まで肉薄。開成もSAPIX229名に対し179名まで差を縮めた。そして早慶附属校の合計では、2026年入試でついに早稲田アカデミーがSAPIXを逆転し、首位に立った。山本社長は御三家についても「当然、追い抜きたい」と明言しており、四谷大塚全盛期から日能研の台頭、SAPIXの逆転という流れの先に、早稲田アカデミーが新たな主役として名乗りを上げつつある構図が、まさに現在進行形で描かれている。
御三家という枠組みを揺さぶる新興校たち
塾の勢力図の変化と並行して、そもそも「御三家」という括りの外側で、偏差値上は御三家に並ぶ、あるいは上回る学校が次々と現れている。これは塾の合格実績データを読み解くうえで見落とせない、もう一つの構造変化である。
渋谷教育学園幕張・渋谷教育学園渋谷
代表格が渋谷教育学園幕張(渋幕)と渋谷教育学園渋谷(渋渋)である。母体の渋谷教育学園は、もともと渋谷で経営難に陥っていた女子校を前身とし、田村哲夫理事長のもとで1983年に千葉・幕張新都心へ渋谷教育学園幕張高等学校を開校(中学校は1986年)、その実績を土台に1996年、渋谷に渋谷教育学園渋谷中学校を開校した。「自調自考(自ら調べ、自ら考える)」を教育理念に掲げ、受験対策一辺倒ではない教育を志向しながら、結果として東京大学や海外大学への高い進学実績を積み上げてきた。2024年の中学入試では、渋幕の偏差値が男子77・女子78に達し、御三家トップの開成・桜蔭(ともに78)とほぼ肩を並べるところまで来ている。
豊島岡女子学園
女子では豊島岡女子学園が象徴的な例である。もとは裁縫の専門学校を起源とし、1980年代までは公立高校の滑り止め校という位置づけだった。それが、理系進学に強みを持つ教育改革と、運動会・文化祭を生徒主体で運営する「団体戦」的な校風を打ち出したことで、東京大学・国公立大学医学部への進学実績が女子校トップクラスにまで押し上がり、現在では「新御三家」の筆頭として桜蔭・女子学院に迫る存在になっている。
広尾学園
もう一校、変貌の速さで際立つのが広尾学園である。前身の順心女子学園は、一時は生徒が集まらず廃校寸前とまで言われていた。それが2007年、共学化・校名変更・インターナショナルコース設置という「学校再生」を一度に断行し、その後の医進・サイエンスコース新設(2011年)とも相まって人気が爆発。「校名変更・共学化・国際化」という再生モデルの先駆けとして、今や広尾学園は難関大学への進学実績と国際性を両立する学校として、御三家の併願校の枠を超えた存在感を放っている。
駒場東邦(男子)や鷗友学園女子・吉祥女子(女子)なども含め、これらの学校に共通するのは、伝統校としての既得の地位ではなく、入試制度の変化や学校改革によって「後から」偏差値のポジションを勝ち取ってきた点である。四谷大塚から日能研、SAPIX、早稲田アカデミーという塾の勢力図の変遷が、大手塾同士の競争の物語だとすれば、御三家以外の躍進は、受験生から選ばれる学校そのものの序列が固定的ではないことを示す、もう一つの物語だと言える。