これまで見てきたとおり、首都圏の中学受験率は少子化のなかでも過去最高水準を更新し続けている。しかし、この「高止まり」がいつまで続くのかは別の問題である。
出生数の減少はむしろこれから加速局面に入り、私立中高一貫校の側もすでに「共学化」「大学系列化」といった生き残り策を次々と打ち出し始めている。今回は、少子化の将来推計と、学校側の対応の変化から、2030年代の中学受験の勢力図を展望する。
出生数の減速は、実はこれからが本番
「少子化」という言葉自体はもう何十年も語られてきたが、財務省の試算によれば、2022年の出生数は79万9,700人と過去最少を更新し、わずか5年間で20万人近くも減少した。さらに深刻なのは、2030年代に入ると日本の若年人口は現在の倍の速さで急速に減少すると見込まれている点である。つまり、これまでの少子化は「序章」に過ぎず、本格的な減少局面はむしろこれから訪れる。
これを裏づけるのが18歳人口の推計である。2005年に約137万人だった18歳人口は、現在すでに約110万人まで減少しているが、2035年には初めて100万人を割り込み約96万人に、2040年には約82万人にまで落ち込むという推計がある。中学受験に置き換えれば、今の小学生たちが受験する年代よりも、その下の世代(2030年代前半に小学校高学年を迎える子どもたち)の頃に、私立中学にとっての本当の淘汰圧がかかり始める、ということになる。中学受験業界では、この18歳人口が急減する2035年前後の転換点を指して「35年の崖」という言葉も使われ始めている。
生き残り策①.共学化ラッシュ
この「崖」を前に、私立中高一貫校側はすでに動き始めている。最もわかりやすい手段が共学化である。東京都の私立中学校は半数超が男女別学校という、全国的に見ても特殊な構成になっているが、近年はこの男女別学校が共学化する流れが加速している。単純に募集対象を男女両方に広げることで、志願者数を実質的に倍化できるためだ。
広尾学園(旧・順心女子学園)はこの共学化戦略の代表的な成功例である。少子化と大学全入時代の煽りを受けて廃校寸前だった女子校が、2007年に「伝統」「格式」を捨てて共学化し、インターナショナルコースや医進・サイエンスコースといった現代のニーズに即したコース制を導入した結果、現在ではR4偏差値58〜64という人気校に変貌した。この成功体験が、後続の学校改革の一つのモデルケースになっている。ただし、共学化は諸刃の剣でもある。伝統ある男子校・女子校が共学化する初年度は、教育方針が手探りになりやすく、在校生・保護者の双方にとって少なからぬ覚悟が必要になるという指摘もある。
生き残り策②.MARCH系列化という新潮流
共学化と並んで、2025〜2026年にかけて急速に存在感を増しているのが、難関私立大学による中高一貫校の系列校化である。象徴的な事例が、1885年創立の伝統校・東京家政学院中学校・高等学校だ。2027年4月から法政大学の系列校となり、「法政大学千代田三番町中学校・高等学校」へと校名変更、共学化も同時に行われる。また2026年4月には、旧・日本学園中学校・高等学校が42年ぶりの明治大学新系列校「明治大学付属世田谷中学校・高等学校」としてスタートし、卒業生の約7割に明治大学への内部推薦枠が設けられる仕組みになった。系列校化が発表された2023年以降、受験者数はすでに急激に増加している。医療系大学でも同様の動きがあり、2026年度には順天が北里大学の附属校に、宝仙学園が順天堂大学の系属校になるなど、MARCH以外の大学でも系列化は広がりを見せている。
なぜ今、大学側が系列校を増やしているのか。背景にあるのは、一般選抜だけでは十分な数と質の学生を確保しきれなくなっているという、大学側の切実な事情である。総合型選抜・学校推薦型選抜の拡大には物理的な限界があり、系列校からの内部進学者を確保するほうが、大学にとって「質の担保された人数」を安定的に得やすい。しかも系列校を強化すればするほど、そのブランド力が学校法人全体の経営、ひいては大学本体の人気にも波及する。中高一貫校の側にとっても、少子化のなかで生徒を確保し続ける確実な手段として、大学の看板を借りるという選択は合理的である。両者の利害が一致した結果が、このMARCH系列化ラッシュだと言える。
2030年代、勢力図はどう分岐するか
ここまでの流れを踏まえると、2030年代の中学受験地図は、大きく3つのグループに分かれていくと考えられる。一つ目は、御三家をはじめとする最難関校や、渋幕・渋渋・豊島岡・広尾学園のような、すでにブランドと実績を確立した進学校群である。これらの学校は、少子化下でも「入りたい人が定員より多い」状態を維持しやすく、当面の淘汰圧とは無縁でいられる可能性が高い。
二つ目は、共学化・大学系列化によって「後から」人気校のポジションを獲得する学校群である。法政大学千代田三番町や明治大学付属世田谷のように、大学のブランド力を借りることで、これまで中堅〜下位に位置していた学校が短期間で偏差値を押し上げるケースが今後も増えるだろう。広尾学園の変貌が、学校改革によって実現されたのに対し、このグループは「系列化」という、より即効性の高い手段で同じ効果を狙っていると言える。
三つ目は、こうした改革のいずれにも手を打てず、定員割れが常態化していく学校群である。高校・大学ではすでに、3年連続定員割れの学校が再編対象になる仕組み(大阪府の「3年ルール」など)が制度化されている地域もあり、私立中学校でも同様に、改革のスピードで生き残りが分かれる時代に入っていくと見られる。
この構造変化は、塾業界の勢力図にも波及するはずだ。受験生の母数そのものが減っていくなかで、SAPIX・早稲田アカデミー・四谷大塚・日能研という大手4塾への生徒集中はさらに強まり、地域密着型の中小塾はこれまで以上に厳しい経営環境に置かれる可能性が高い。大手塾同士の勢力争いという物語は、2030年代には「大手塾か、それ以外か」という、より単純な二極化の物語に姿を変えていくのかもしれない。
まとめ
出生数の減少は2030年代に加速局面を迎え、18歳人口は2035年に100万人を割り込む見通しである。これに備え、私立中高一貫校はすでに共学化・大学系列化という2つの生き残り策を進めており、東京家政学院の法政大学系列化や、旧・日本学園の明治大学系列化はその象徴例だ。今後は、①ブランドを確立した最難関・人気校、②系列化や改革で「後から」人気を得る学校、③淘汰リスクを抱える学校、という3グループへの分岐が進み、塾業界でも大手への生徒集中がさらに強まると考えられる。