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連載・第1話

合格実績に見る大手塾の歴史(第1話)
乱塾時代と「日曜テスト」の四谷大塚

中学受験塾の勢力図は、四谷大塚の全盛期から日能研の台頭、SAPIXの首位確立、早稲田アカデミーの猛追へと塗り替えられてきた。しかし合格実績というデータ自体が各塾の自己申告であり、実態をつかむのは容易ではない。前史として、四谷大塚全盛期からSAPIX誕生までを整理する。

公開日 2026.07.13 読了目安 約8分 連載 合格実績に見る大手塾の歴史(全2話予定)

中学受験塾の勢力図は、四谷大塚の全盛期に始まり、日能研の台頭、SAPIXの首位確立、早稲田アカデミーの猛追という順に大きく塗り替えられてきた。しかし合格実績というデータそのものが各塾の自己申告であり、しかも併塾・掛け持ちによる重複カウントを含むため、実態を正確につかむのは容易ではない。

この点は、2025年に大学受験予備校の駿台が合格者数の公表を取りやめたことにも通じる、業界共通の構造的な問題である。まずは前史として、四谷大塚全盛期からSAPIX誕生までを整理する。

表1|中学受験・大学受験 塾業界をめぐる主な出来事(1954〜2025年)
出来事
1953年日能研、神奈川で創立
1954年四谷大塚、設立
1960年四谷大塚『予習シリーズ』初版
1967年都立高校入試に「学校群制度」導入
1968年日比谷高校、東大合格者数首位から陥落
1977年開成、東大合格者数で初の全国首位
1985年麻布の入試日程短縮を機に、日能研が東京進出
1989年TAPの精鋭講師が独立し、SAPIX設立
2025年駿台、大学合格者数の公表取りやめを発表

出典:各種報道・『乱塾時代』(毎日新聞社会部著、1977年)等を基に作成


中学受験ブームの原点は「都立高校の凋落」だった

中学受験ブームの直接の引き金は、中学受験そのものではなく、1967年に東京都立高校入試で導入された「学校群制度」だった。学校群制度は学校間格差の解消を狙い、複数校をまとめて合格者を振り分ける仕組みだったが、結果として日比谷など名門都立高校の大学合格実績は急落し、1968年には早くも日比谷高校が東大合格者数全国首位の座から陥落した。

その後トップに立ったのは関西の灘であり、その後数年は灘と教育大附属駒場(現・筑駒)が首位を競った。1974年に開成が高校からの募集枠を100人に増やして1学年400人体制となり、その3年後の1977年、開成が初めて東大合格者数の首位に躍り出た。

1977
開成が東大合格者数で初めて全国首位に。「都立の凋落 → 私立進学校の首位奪還」という流れが、都心部の教育熱心な家庭を中学受験へと向かわせた構造的な背景になった。

この時期はすでに「乱塾時代」と呼ばれるほど過熱しており、1977年に刊行された『乱塾時代』(毎日新聞社会部著)に記された懸念の言葉は、現代に書かれたと言われても違和感がないほど今と似通っているとの指摘もある。中学受験の過熱そのものは、決して近年に始まった現象ではない。

四谷大塚「日曜テスト」の時代

当時の東京都では、四谷大塚の「日曜テスト」が中学受験のスタンダードとなっており、その対策をする中小の準拠塾が群雄割拠していた。開成対策では桐杏学園という少数精鋭塾が強く、TAPという中小塾も難関校特化で実績を伸ばしていた。このTAPという塾名は、後のSAPIX誕生に直結する。

四谷大塚自体は1954年設立の老舗であり、看板教材『予習シリーズ』は1960年初版という、中学受験教材として最も古い歴史を持つ。四谷大塚が他塾と一線を画すのは、日能研・SAPIXが「授業で学ぶ→復習で定着」という復習型であるのに対し、唯一「予習シリーズを読んで自分で考える→授業で理解を深める→週テストで確認」という予習型を貫いてきた点である。この体制が、1970〜80年代における事実上の業界標準を形づくった。

日能研の東京進出(1985年前後)

転機は1985年に訪れる。それまで2月1日・2日の2日間で行われていた麻布の入試が2月1日のみに短縮され、これによって神奈川県の受験生の目が東京の私学にも向きやすくなった。ちょうど同時期に東京へ進出したのが、神奈川発祥の中学受験専門塾・日能研である。日能研自体は1953年創立で、もともと神奈川エリアを地盤とする塾だった。

私立中高一貫校人気の高まりと好景気が重なって中学受験は大衆化し、四谷大塚と日能研による情報公開合戦によって、中学受験への間口はさらに広がった。それまで「学校の評価と受け取られかねない」として内部資料扱いだった偏差値一覧が公表されるようになったのも、この流れの中でのことである。

日能研の台頭は、単に優れた教材を作ったという話にとどまらない。麻布の入試日程変更という制度の変化と、偏差値情報の公開という業界ルールそのものの変化を的確に捉えた結果であった、という点が重要である。

SAPIXの誕生(1989年)とTAPからの独立

1989年、TAPの上位クラスを担当していた講師たちが独立し、SAPIXを設立する。ちょうどバブル景気とも重なり、SAPIXは瞬く間に最難関私立中学受験塾の筆頭の座に躍り出た。これは、大衆化路線に舵を切った四谷大塚と日能研の間隙を縫う形だったとされる。

構図としては、四谷大塚と日能研が「間口を広げる・大衆化する」方向に進む一方で、「最上位層に絞って徹底的に鍛える」というニッチが空き、そこにTAP出身の精鋭講師たちが飛び込んだ、と整理できる。これが、後の「難関校はSAPIXが圧倒的優位」という現在の勢力図の原型となった。


余談。駿台の合格実績非公表は「同じ根っこの問題」

中学受験の話ではないが、2025年8月、三大予備校の一角である駿台予備学校が、2026年度以降の大学合格者数の公表を取りやめると発表した。これは中学受験塾の合格実績データの信頼性を考える上でも示唆的な出来事である。

駿台の説明によれば、2025年度入試における東京大学一般選抜前期の合格者数は2,997名だったが、主要な塾・予備校が公表する合格者数を単純に合計すると、実際の定員を大きく上回る数字になっており、その数値の信頼性や意味が形骸化していると認識しているという。背景には「重複カウント問題」、多くの受験生が複数の塾・予備校を併用するようになり、単一機関での合格者数が実態を示さなくなっているという事情がある。

合格実績データの性質について:御三家の合格実績を大手4塾(SAPIX・早稲田アカデミー・四谷大塚・日能研)の発表数で単純合計すると、実際の御三家の定員を上回ってしまう現象がすでに指摘されている。掛け持ち生徒の重複カウントが実態を見えにくくしている点は、駿台のケースとまったく同じ構図と言える。
NEXT / 第2話

日能研の黄金期、SAPIXの静かな逆転、そして早稲アカの猛追

第2話では、日能研の全盛期からSAPIXによる逆転、早稲田アカデミーの「NN」体制による猛追、そして御三家以外(豊島岡女子学園・渋谷教育学園幕張・渋谷教育学園渋谷・広尾学園など)の台頭を扱います。

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